突然、続きから始まります(笑)
さて、ラーメンを食べた後、更に前へと進む。
伊達市内中心部を越えると、すぐに登り坂だ。
ん~、さすがに食事直後はツライ(笑)
暫し自転車で走ると着いたのは、伊達市の奥、有珠(うす)町だ。
ちなみに有珠山の噴火は7年前の平成12年3月。
周辺道路や高速道路は通行止め、鉄道は不通と北海道の流通経路が混乱を極めたのは記憶に新しい。、
実は前回の有珠山噴火の時、私は有珠にいた。
昭和53年8月7日。
海水浴を楽しんでいたが、突然のどよめきに目をやると、山から噴煙が上がっていた。
だんだんと空が真っ暗になり、やがて火山灰が降り注いできた。
皆、慌ててテントやクルマに非難、ワイパー無しでは前に進めない程だった。
当時の室蘭民報の号外です
よく保存していたものだ(笑)
その一週間前、中学1年の私は友人と一緒に有珠山の登山をしていた。
昭和新山の父、三松正夫先生と共に、金・銀・銅沼を廻り、有珠山の火口に降り立っていたのだ。
有珠山噴火はその一週間後だった。
洞爺湖町にある火山科学館では2回の噴火の資料を多数展示しているという。
今回は時間の都合で寄れないが、機会があったら訪れてみたい。
また坂を上り、また下る。
ようやく虻田に到着した。
洞爺湖町の入り口にある道の駅「あぷた」。
「あぶた」ではなく、「あぷた」なのだ!
うに丼食いてぇ~
洞爺湖サミット記念
「サミット 紫蘇まんじゅう」
この他にも色々あります(笑)
ここでガラナを飲んで一息入れる。
もうそろそろ戻らないと、日が暮れそうなので、来た道を戻ることにした。
同じように坂を上り、下りでスピードに乗る繰り返し。
伊達市内の中心部を通り過ぎたところで、行きにスライドした荷物満載のサイクリストに追いついた。
彼は東京から来た学生さん。
出発後8日目で北海道に上陸したという。
昨日は長万部に泊まり、今日は苫小牧まで行きたいという。
しかし、もう15:00を過ぎている。
大丈夫かなぁ。
会話後、お互いの無事を祈ってお別れした。
すでにボトルは空。
水分を補給したくても、中心部を離れたら自販機も無い。
困ったなぁと思いつつも走り続け、ようやく自販機を見つける。
そこは「なかよし」というお蕎麦屋さんの前だった。
スポーツドリンクを購入、さあ、という時にお蕎麦屋さんの入り口が開く。
なんと、店からおばちゃんが氷の入った水を持ってきてくれたのだ!
汗だくで自転車に乗っている人が来たのが見えたので、こんな暑さで可哀想にと思い、水を持ってきたのだという。
嬉しかったねぇ。
冷たい水が五臓六腑にしみわたる。
屈託の無い笑顔のおばちゃん、どうもありがとうございました。
帰宅後、この話しを母に言ったところ、亡くなった父が「なかよし」の天ぷらそばが好きで、生前はよく食べに行ってたというではないか。
なにか因縁めいたものを感じましたねぇ(笑)
今度、食べに行ってみよう。
その少し先のコンビニで、いつの間にか私を追い抜いた先程のサイクリストが休憩していた。
再び会ったので、今度はゆっくり会話する。
彼は稚内の宗谷岬まで行きたいのだという。
サイクリストの憧れの地だもんね。
明日は札幌に到着したいので、今日は少しでも近くまで行きたいのだという。
随分距離を稼ぐなぁと思って聞いたら、東京を出発した初日は250kmを走破、
その後は毎日平均150km走っているというのだから恐れ入る。
若さだね~。
冷たいソフトクリームをご馳走し、一緒に食べた。
私にはこれくらいしか応援出来ないが、君の行動は私の元気の源ですよ。
だって、私には出来ないことをやっているんですから!
白老の虎杖浜辺りで泊まることをお勧めして、再度お別れした。
多分もう会わないだろうけど、頑張って!
そして、北海道でいっぱい思い出を作り、これからの人生にプラスになることを祈ります。
どうぞご無事で!
そんなこんなでようやく帰宅した。
今日の走行距離 73.7km
平均速度 23.6km
最高速度 56,9km
疲れたけど、いろいろ楽しいサイクリングでした。